東京の夜はあかるい。

眠らない街って、本当にあったんだ。
日暮れてもなお、溢れかえる人ごみに、わたしは眩暈がした。
空を見上げると、雲のあいだから、ぼんやりと朧な月が、眠たそうに弱々しい光をこぼしていた。

よそ見をすこししただけで、どんどん人の波が押し寄せてきて、わたしの肩に、足に、たくさんぶつかっていく。

『すず、はぐれる。』
のろのろ歩くわたしの腕を掴んで、叔父さんは足早に歩く。
わたしは、まだ、身の上に起きた状況が、うまく理解できていなかった。

つい数日前まで、わたしは北海道の片田舎の、平凡な女子高生だった。


父がいて母がいて、ちいさな弟がいて、狭いけれど住む家もあった。
バスで高校に通い、毎日友達と遊んで…


どこにでもありそうな、普通の、幸福な生活。

わたしは、一夜のうちに、それらすべてを失った。



残ったのは、自分の身体と、わたしの腕を掴む、温かい手……


たったひとりの血縁。
たったひとりの、わたしの叔父さんだけだった。


この手さえあれば…

この温もりさえあれば、わたしは生きていける。
そんな気がした。