「優紀ちゃん。」

予備校の自習室で問題集を解いていると、肩をトントンを叩かれて声をかけられた。

「俺、北海道に戻ることになったよ。」

久しぶりに廣田先生に会えたなぁと思っていたら、突然そんなことを言われた。

「えっと、就職…ですか?」

突然のことに、どう反応したらいいか分からない。

「本当は東京の大学院に行くつもりだったけど、早く親父の仕事の手伝いしろって言われてさ。」

そう言って私の隣の席に腰を下ろして、問題集を覗き込む先生。


「これから受験本番なところ申し訳ないんだけど、年明けからは結構行き来するから木村先生にサブを頼んでおいたから。ごめんね、迷惑かけて。」

「…いいえ。」

ここ違ってるよ、と指摘して先生はすぐに自習室から出て行ってしまった。

その後ろ姿をじっと見てしまう。

…そっか、もう数回しか会えないんだ。


廣田先生の話は分かりやすくて、進路の相談にもよくのってもらっていた。

先生は私と同じで映画鑑賞が趣味で、勉強や相談の合間に映画の話をするのが密かに楽しみだった。


受験が無事に終われば予備校に通わなくなる。

だけど、廣田先生は大学卒業後も東京にいるってなんとなく思っていたし、会えなくなる可能性なんて考えなかった。