「わ……たしは……」
微かに震える声を弱々しく押し出しながら、紗恵はゆるゆると顔を上げた。
また泣きそうな顔をしている。
それなのに、真っ直ぐ俺に向けられた視線に、揺るぎない強固な意志みたいなものを感じるから不思議だ。
二つの澄んだ黒の中に、気を緩めたら呑み込まれてしまいそうな底知れない強さがある。
「うん」
相槌だけを返して先を促した。
「経験を済ませたかった」
紗恵は勢い良く一気に吐き出した。
けれどその曖昧な表現に、また苛立ちを覚える。
「何の経験?」
つい、意地悪なことを聞き返す。
たちまち紗恵の瞳が微かに揺れ、透明な膜がそれを覆ってキラリと瞬く。
それを見てすぐに自分の発言を後悔した。



