きみ、ふわり。



「先生、彼女いるの?」

 俺の顔を覗きこんで不躾な質問を躊躇うことなくぶつけて来た“とよちゃん”の眼差しは至って真剣。
 “とよちゃん”も本気かよ、参ったな。


「いないけど。
 俺、もう恋は懲り懲りかなぁ、なんて」

 ついそんな言葉が口を衝いて出てしまって焦る。
 すぐさま声にならない笑いで誤魔化した。


 ふと、“とよちゃん”を挟んで隣を歩く栗重に視線をやれば、シュンと沈んでいる。

 栗重にはそんな顔をして欲しくない。
 そんな風に哀しげな、切なげな、痛々しい顔。

 そして――
 栗重にはそんな想いをさせたくない、とも思った。


 その瞬間。
 さーっと、爽やかで心地よい春風が俺たちを優しく撫でていった。


 ふわり――


 その風にのって、柑橘系の甘酸っぱい香りが俺の鼻孔に流れ込んだ。