「私、加藤先輩に一つだけお願いしてみたんです。私の名前を“玲花”って呼んでもらえないかって。
でも、ごめんって断られました。好きな子に誤解されたくないって。
当たり前ですよね、それって。でも、なんか私……」
好きな子に誤解されたくない……
彼女の声が、まるで彼の声のように聞こえてくる。
好きな子……
小泉カオルさんに誤解されたくないから、だから、ごめん
彼は、そういう性格。
好きな子が嫌がることはしない。誤解されるような態度はとらない。
だから、
だったら、私が彼の傍にいて、彼が私を“あずさ”と呼ぶことも、本当は嫌なはず。
私たちは、仲良くなりすぎたから、今さら、そういうの変えにくくなったというか、以前のように苗字で呼ぶタイミングを失ってしまったんじゃないだろうか。
本当は、私のことだって、“あずさ”ではなく、“久保田”って呼びたいんだろう。
「私、行きますね」
そう言って、屋上を後にした彼女の声も、授業の始まりを知らせるチャイムの音も、何も聞こえなかった。


