なんで、この時すぐに踵を返して音楽室へと戻ろうとしなかったんだろう。
動けなかった。と言ったほうが正しいのか。
彼女たちをつい、ずっと見ていてしまってた。
冷たい水で気持ちよさそうに顔を洗った彼に、すかさずにタオルを差し出す彼女。
そんな彼女のタオルを受け取ることを躊躇したのは、私と視線が合ったから。
少し伸びた前髪に水滴がついて、顔に雫が落ちそうな彼から目が離せなかった。
あっ、落ちる
そう思ったと同時、彼は彼女にぐいっと腕を引っ張られ、彼の視線が彼女へと向けられたと思ったら、次の瞬間、彼女の唇が彼の唇に触れていた。
「っ……!」
キス……
頭で理解するのに、どれだけ長く時間がかかっただろう。
見たくないのに目は逸らせず、びっくりした彼が、慌ててこっちを見た瞬間、その場から走り出していた。
「あずさっ!」
彼の声が聞こえた気がしたけれど、振り向けなかった。


