あれ…?
ほんの数秒前まではここに居たのに…
もしかして幻…?なんて目を擦ると、テーブルの上には飲みかけの紅茶がまだ湯気を立ち上らせていたし、吸い掛けのタバコは灰皿に押し付けられてきれいに火が消されていた。
「む!またも女郎蜘蛛の匂いがっ」
周はまたもキョロキョロと辺りを見渡し、それでも目当ての人物が居なかったのかすぐに諦めたように視線を戻した。
「あの、この前から女郎蜘蛛って一体なんなんスか?」
呆れながら聞いたが、
「あの女は俺の天敵だ。払っても払っても俺の周りをうろちょろしてる。まぁその名の通り蜘蛛みたいなヤツだ。しばらく気配を見ないから安心していたが…」
天敵…ねぇ…
それより。
「橘警視。早く行きましょうよ~」と陣内巡査が甘い(?)声を出して、周の腕を取った。
そしてじろりと俺を見ると、あからさまな舌打ちをした。
「こんなヤツの迎えなんてしなくていいのに」
あのぉ?その独り言、しっかり聞こえてるんですが…
男の(?)勘から言わせてもらうが、俺の天敵はどうやらこの陣内巡査のようだ。
―――
――
周の車に乗せられて、って言うかこいつ何気にいい車乗ってるんだよな。
ベンツのSクラス!さっすがキャリア刑事!
って…今はそんな情報どうでもいい。
「何でお前までついてくる、陣内。俺は今から帰るところだ。愛しのハニーと愛の巣にな」
ハンドルを握りながら周はルームミラーで、後部座席に座った陣内巡査をひたすら睨んでいる。
陣内巡査は…と言うと、その険悪な視線を俺に向け、俺は戸惑ったように周を見つめていた。
ゆるやかに走る車の中で、変な図が出来上がっていた。



