(特に何か不満があるというわけではないのだが…)

私は、ぼんやりと窓の外を眺めた。
幼い頃から見なれた風景だが、何度見ても見飽きる事のないお気に入りの風景だ。




私の家は地元では知らない者がいない、所謂、名家と呼ばれる家系だ。
当然裕福であり、一人息子である私は幼い頃から何不自由なく育てられた。
両親とは始終一緒にいられるというわけではなかったが、何かの記念日や私が悩みを持ちかけた時には、彼らは無理に時間を割き、必ず、私の傍に駆けつけてくれた。
それだけで、私の心は十分に満たされたが、その上、身の周りの世話をする使用人達も、皆、優しく気の届く人物だったため、私は特に寂しさを感じる事なく成長した。
良い友人達にも恵まれ、恋人と呼ばれる者もいる。
仕事にもそれなりにやりがいを感じている。




「この退屈な気分は悩む要素がないせい…というわけか…」

頭に浮かんだ想いを私は声に出していた。

やがて、ゆっくりと窓から見える碧い湖に目を移す。
幼い頃から私が特に好きだった碧い湖に…

ゆったりと雲が流れ、水面には小さな波紋さえ立たず、静かに碧い水を湛えている…
それは、まるで絵画のようでもあり、みつめていると世界の時までもが止まったかのように思える。
その瞬間が私はとても好きだった。



現実とは少し違う世界に心を置きながら、私は不意に思い出した。
そうだ、今日は市の立つ日だ…と。
商人や一般の人々がたくさんの露店を並べる日。
売り物のほとんどはありふれたものばかりだが、中にはめったにお目にかかれないような掘出しものが混じっていることもある。

特に何か欲しいものがあるわけではなかったが、雑踏の中に、ただ身を任せることは嫌いではなかった。
大勢の人の波に流されながらも、その中に溶け込めない奇妙な疎外感が、現実と幻の狭間にいるように思えて、どこか心地好い。



「出掛けてみるか…」

私は、自分の決意を強くするかのように、声に出してそう言うと部屋の扉を開いた。