その時、私はローラの事を今まで一度も思い出さなかったことに気付き、そのことを不思議に思った。



ローラ…
幼い頃からの友人であり、私の婚約者とされていた女性。
美しく高い知性を持ち恵まれた環境で育った彼女とのつきあいは、まるで生まれた時から決まっていたことのように自然なものだった。
プロポーズをした覚えはなかったが、まわりはいつの間にか彼女のことを私の婚約者として扱うようになり、私もそのことに反感を抱くことはなかった。
彼女と過ごす時間は快適なもので、特に不満のようなものもなく、多分、私は彼女を愛し、彼女も私のことを愛してくれているのだろうと…
漠然とそんな風に感じていた。
私は「愛」とは、そういう穏やかなものだと考えていたのかもしれない。
なにせ、すべてが満ち足りていたのだから…

しかし、それならばなぜ、今まで彼女のことを一度たりとも思い出さなかったのだろうと、私はそのことが自分でも不思議でならなかった。



(……まさか、あれが「愛」ではなかったというのか…?
……いや、違う…
私は今、自分のなすべきことに心を奪われているだけのこと。
今までに体験したことのなかったようなことが起こりすぎてしまったから…
そう、それだけのことなのだ。
彼女への気持ちが変わったわけではない。)

そんな風に理由を付けてみたのだが、私の心の底にはもやもやした疑問が残っていた。



(なぜ、私は一度も彼女の事を思い出さなかったのだろう…?!)