決まりは悪いが、今から引き返したって問題はない。

「代金を払って来ました」
……素知らぬ顔をしてそう言って。



しかし、もし荷物を持って出ていることが知られていたら……それを考えると、私にはやはりそうは出来ない気がした。



(目ざといカトリーヌのことだ。
きっと、もうそんなことには気付いて、両親に大袈裟に言っていることだろう…
やはり少なくとも数日はどこかで時間を潰さなくてはならんな…)

私は、漠然とそんなことを考えた。
しかし、心の底では違うことを考えていた。
指輪の代金を払わずにそのまま家に帰るなんてことを、私には耐えられそうにない。



だが、そうはいっても全くあてがないのも事実だ。
その現実が今の私にとって一番の悩みだった。



どうしたものかと考えていた時、どこかからコーヒーの香りが漂ってきた。
あたりを見渡すと、少し先に小さなカフェをみつけたた。



(こんな早くから開いてる店があるとはな…)

香りの元に辿りついた私は、見た目よりも重く固い木のドアを押して、カフェの中に入る。
椅子とテーブルがきちんと整えられ、掃除の行き届いたその店には、厳しい顔付きの店主らしき男性と、人の良さそうな年配の女性がいた。