「お嬢様、今ならまだ間に合います。私とともに帰りましょう。今日のことはご主人様には内密にしてさしあげますから」


丁寧な口調だった。


けれど、これはこの男が少女を油断させるための手段に使っているのだということを知っていた。

この男の目的は自分ではないことを一番理解していたのは他でもない少女自身であったのだから――


少女は力強く首を左右に振った。


そして松明を持つ手とは逆の手にギュッと力を込めた。

必要なのはこの手の中にある本だった。

自分が盗んだこの本の中に有るモノをどうしても彼は取り戻したいのだ。

これがなければ、彼の目的は絶対に果たせない――それほど大事なものを少女は命を懸けて盗んできたのだった。


「聞き分けのないことを言ってはなりませんよ、お嬢様。今回のことは出来心。きっとご主人様もそう言って赦してくださいます。けれど、それはお嬢様の心がけ次第なのです。さぁ、帰りましょう」


差し伸べられる手には昔と変わらぬ白い手袋がはめられていた。

けれどこの下は……想像するだけで少女は身震いが強くなるのを感じた。


もう一度強く首を振る。


絶対に聞き入れられないことだった。