『……カンナちゃんの正体が、だよ』

今朝の松宮との会話が甦る。

森口の姿が消えた、静かな校舎うらで

松宮は真面目そのものの顔をして、正面から俺を見ていた。

『……正体って……』

なんだよ?

笑ってそう続けようとして、できなかった。

本当はなんとなく分かっていたんだ。

森口は、あいつは。

『……まず、どうしてこうなかったのか、話すべきかな?』

松宮は小首を傾げて俺をみた。

『藤森流は江戸時代から続く伝統ある流派なんだ。
門弟は全国に二万人を数え、政財界とも繋がりが深い。
その宗家ともなれば、自由に生きることは許されない。
家を守り家のために生きる。
それが当たり前だった』

だった?

過去形にする松宮に眉を寄せる。

松宮は何かを思い出すように続けた。

『彼女の母親の貴子さんは、とても奔放な人だったらしい。
宗家はあのとおりとても厳しい方だからね。
きっと、反発したい気持ちもあったんだろう。
昔から、なにかと宗家の意向に背くことが多かったらしい。
服装にしろ、学校にしろ、交遊関係にしろ、ね。
藤森家は女系家族でね。
貴子さんが婿養子をとって跡目を嗣ぐことに決まってたんだけど、貴子さんは一方的に婚約を破棄し、誰とも知れない男と駆け落ちして、彼女が産まれたんだ。
でも、彼女が二歳のとき事故で二人ともお亡くなりになった。
そして彼女は宗家に引き取られた』

要するに。

森口はあの妖怪に育てられたと言うことか。

なるほど。

それなら、あの昭和くささも頷ける。

『宗家は彼女を厳しく育てたよ。
貴子さんの二の舞は踏みたくないと、一切の口答えを許さなかった。
宗家の言葉は絶対で、彼女は何一つ選択肢を与えられなかった』