コンコンと木のドアが内側からノックされる。

塀の前に座り込んでいた俺は立ち上がって裏門に近づいた。

「…山」

こそこそした様子の夏らしき声が聞こえてくる。

なんだよ?ヤマって?

合言葉か?

「……川?」

恐る恐る答えるとしばらくの沈黙の後、

「………ヤスシ」

意味不明の合言葉が返ってきた。

なんだ、ヤスシって。人名か?

訳が分からず、黙っていると、ギギギっと裏門が不吉な音を立てて開いた。

夏の顔が半分見える。

その目は射殺さんばかりに俺を睨んでいた。

「ヤスシって言ったらキヨシだろ。ボケ」

夏は不機嫌丸出しで、チッと舌打ちした。

「伝説の芸人ですのに。
どうしてすぐ答えられないのかしら?」

なんだか知らないが、頬を膨らませて、プンスカ怒っている。

「………はあ、すみません」

訳はわからないままだが俺は素直に謝っておいた。
さらに機嫌をそこねたら何をされるかわかったもんじゃない。

花畑はもうごめんだ。


しかし。……ヤスシキヨシ?

いたっけ。そんな芸人?

昭和の香りがする芸名に首を傾げていると、夏は人差し指をクイクイと手前に引いて、

「今のうちに、さっさとお入りくださいませ」

と俺を手招いた。