こめかみ辺りに青筋を浮かばせ、アベルは椅子に掛けておいた上着を掴んだ。
………どうやら帰るらしい。
散々喚いて悪態吐いて………忙しい男だ。
(まあ、原因は私だけど)
よく分からないまま勝敗が決定し、放置されたチェス。
上着を羽織るや否や、黙って部屋を出ていこうとするアベルの後を追おうと、駒を片付けるのは後回しにした。
礼儀として客人を見送るのは当然の事だが、リネットの場合、面倒臭いので見送りは部屋の扉までだ。
ズカズカと出入り口の扉に直行する彼の後ろを、リネットは何となく目で追いながら続く。
「………次で私が勝ったら……分かってらっしゃるわね?」
「………うるせぇな……分かってる…。………ふんっ……それは俺が勝った場合でも言える事だろうが。………せいぜい、次までに鍛えておきな……チェスの腕と、罰ゲームの台詞をな」
「………絶対に言わないわよ………貴方こそ、練習でもしていらしたら?」
「誰が!………死んでもてめぇに馬鹿な台詞なんか…」
……縦一列に並んで歩いたままねちねちと口喧嘩をし合う二人。
アベルが喚きながら扉の取っ手に手を掛けた途端………外から、扉はゆっくりと開けられた。
開いていく扉の隙間から顔を覗かせたのは、一人の召使だった。
目の前にアベルが立っている事にすぐさま気が付き、召使は深々と頭を下げた。
扉は完全に開き切っている訳では無く、召使の視界では扉の影にいるリネットの姿は見えていなかった。
部屋にはアベル一人しかいないと思い込んだまま、召使は口を開いた。


