クロエは再び男との距離を詰める。何かまた話しかけられても、適当に答えて追い抜くつもりだった。
面と向かった互いの距離が、本の数歩という所だろうか。
「―――しかしその身では、何一つ守れますまい」
鼓膜を撫でるそのたった一言の擦れ声は、頑ななクロエの決意を意図も容易く崩すには十分だった。
…あれ程、もう関わりたくないと思っていた筈なのに…気が付けば、クロエは立ち止まっていた。
手を伸ばせば触れられる距離の中、前髪に隠れた男の不気味な双眸と視線が重なった気がした。無表情を貫く男の顔からは、何も読み取ることが出来ない。
「………何を、仰っているのですか」
無意識で震えている自分の声に、クロエは内心で驚きを隠せないでいた。怒り?恐怖?…いや、違う。この震えを例えるならば……困惑。
クロエはただただ、男の言葉に困惑していた。
クロエの問いに、男は口を開こうとしない。その注がれる視線と無言が、逆に胸中のざわめきを更にかき乱していく。
男は再度、小さく首を傾げた。不思議そうに見詰めてくる子供のそれと、何処か似ている気がした。
「……貴方は…何を…」
「―――未来です、国王陛下」
ようやく返してきた男の答えに、クロエは顔をしかめた。
訳が、分からない。動揺を隠せぬままに男を凝視していれば……形のいい唇が、一瞬だけ……笑った様に見えて…。
「ただの戯言です、失礼」
男の足が動きだした。硬直するクロエの真横を通り、擦れ違いざまに……その擦れた声がまるで本当に風の様に……小さく、囁かれた。
「お身体にはお気を付け下さい、クロエ様」
「君は、誰なんだ…」
遠くなる男の足音を背に受けながら、クロエは振り返った。
長い廊下の奥。既に小さくなっていたそのシルエットは、一度もこちらを振り返ろうとはしなかった。
亡霊の様に消えてしまっても尚、その悪寒はしばらく消えなかった。
面と向かった互いの距離が、本の数歩という所だろうか。
「―――しかしその身では、何一つ守れますまい」
鼓膜を撫でるそのたった一言の擦れ声は、頑ななクロエの決意を意図も容易く崩すには十分だった。
…あれ程、もう関わりたくないと思っていた筈なのに…気が付けば、クロエは立ち止まっていた。
手を伸ばせば触れられる距離の中、前髪に隠れた男の不気味な双眸と視線が重なった気がした。無表情を貫く男の顔からは、何も読み取ることが出来ない。
「………何を、仰っているのですか」
無意識で震えている自分の声に、クロエは内心で驚きを隠せないでいた。怒り?恐怖?…いや、違う。この震えを例えるならば……困惑。
クロエはただただ、男の言葉に困惑していた。
クロエの問いに、男は口を開こうとしない。その注がれる視線と無言が、逆に胸中のざわめきを更にかき乱していく。
男は再度、小さく首を傾げた。不思議そうに見詰めてくる子供のそれと、何処か似ている気がした。
「……貴方は…何を…」
「―――未来です、国王陛下」
ようやく返してきた男の答えに、クロエは顔をしかめた。
訳が、分からない。動揺を隠せぬままに男を凝視していれば……形のいい唇が、一瞬だけ……笑った様に見えて…。
「ただの戯言です、失礼」
男の足が動きだした。硬直するクロエの真横を通り、擦れ違いざまに……その擦れた声がまるで本当に風の様に……小さく、囁かれた。
「お身体にはお気を付け下さい、クロエ様」
「君は、誰なんだ…」
遠くなる男の足音を背に受けながら、クロエは振り返った。
長い廊下の奥。既に小さくなっていたそのシルエットは、一度もこちらを振り返ろうとはしなかった。
亡霊の様に消えてしまっても尚、その悪寒はしばらく消えなかった。


