同時に、男の乾いた唇がそっと何かを囁くように言葉を紡いだ。
「―――………いいえ………ただ………人違いでしたら、誠に申し訳ありませんが……………………王族の、クロエ様では御座いませんか……?」
風の様な、擦れた男の声で名前を呼ばれると共に、クロエの背筋に悪寒が走った。
騎士団の上層部の人間ならば、軍事会議などで会っているからすぐに分かるのだが…目の前の男とは過去に面識は無い。いくら記憶を辿っても、男の姿は何処にも無かった。しかしあちらはクロエを少なからず知っているらしい。
少し躊躇いながらも、クロエは男の問いに笑みを浮かべた。
「……ええ…その、クロエです。……失礼ながら、何処かでお会いしましたか?」
もしかするとこちらが忘れているだけなのかもしれない。失礼の無い様にと丁寧に言えば…白髪の男は相変わらずの無表情で答えた。
「…………いいえ。………お会いするのは、これが初めてで御座います……………ただ何となく………クロエ様ではないか、と…お見受けした次第で御座います………それだけです」
「…そう」
……握り締めた両掌が、酷く汗ばんでいることに気が付いた。よく分からないが、意思とは無関係に身体は極度の緊張を訴えている。
自分は今、きちんと笑みを浮かべることが出来ているのかも分からない。
「……ああ、そう言えば………小耳に挟んでおりますが……奥方である王妃様が…第三子をご懐妊されたのだとか……………遅い挨拶ですが…誠におめでとう御座います…」
「…いえ、ありがとう御座います…」
「…そして明日は、待ちに待った戴冠式。………クロエ様もお忙しい身で…心身ともにお疲れでしょうに…」
「…気遣い、感謝します。大丈夫…こう見えて、体力はある方ですから…」
…この廊下を走り抜けたい。
この男から少しでもいいから、一刻も早く…離れたい。誰かにこんな気持ちを抱くのは、生まれて初めてだった。
苦笑を浮かべると、クロエは軽く会釈しながらゆっくりと歩き始めた。途中で会話を断ってしまったようで感じが悪いと思われるかもしれないが……それどころではない。
「―――………いいえ………ただ………人違いでしたら、誠に申し訳ありませんが……………………王族の、クロエ様では御座いませんか……?」
風の様な、擦れた男の声で名前を呼ばれると共に、クロエの背筋に悪寒が走った。
騎士団の上層部の人間ならば、軍事会議などで会っているからすぐに分かるのだが…目の前の男とは過去に面識は無い。いくら記憶を辿っても、男の姿は何処にも無かった。しかしあちらはクロエを少なからず知っているらしい。
少し躊躇いながらも、クロエは男の問いに笑みを浮かべた。
「……ええ…その、クロエです。……失礼ながら、何処かでお会いしましたか?」
もしかするとこちらが忘れているだけなのかもしれない。失礼の無い様にと丁寧に言えば…白髪の男は相変わらずの無表情で答えた。
「…………いいえ。………お会いするのは、これが初めてで御座います……………ただ何となく………クロエ様ではないか、と…お見受けした次第で御座います………それだけです」
「…そう」
……握り締めた両掌が、酷く汗ばんでいることに気が付いた。よく分からないが、意思とは無関係に身体は極度の緊張を訴えている。
自分は今、きちんと笑みを浮かべることが出来ているのかも分からない。
「……ああ、そう言えば………小耳に挟んでおりますが……奥方である王妃様が…第三子をご懐妊されたのだとか……………遅い挨拶ですが…誠におめでとう御座います…」
「…いえ、ありがとう御座います…」
「…そして明日は、待ちに待った戴冠式。………クロエ様もお忙しい身で…心身ともにお疲れでしょうに…」
「…気遣い、感謝します。大丈夫…こう見えて、体力はある方ですから…」
…この廊下を走り抜けたい。
この男から少しでもいいから、一刻も早く…離れたい。誰かにこんな気持ちを抱くのは、生まれて初めてだった。
苦笑を浮かべると、クロエは軽く会釈しながらゆっくりと歩き始めた。途中で会話を断ってしまったようで感じが悪いと思われるかもしれないが……それどころではない。


