亡國の孤城 『心の色』(外伝)

戦う事を仕事とする、もしくは生きがいとする者達の集う場所だからだろうか。肺に取り込む空気はどれも窮屈で、息苦しい。

(……少し、肌寒いかもしれない)

……そう言えば、アレクセイが城を去って以来、この騎士の塔には一度も足を運んだ事が無かった。以前もここはこんな場所だっただろうか。



薄暗い廊下を進んでいくと、真横に一定の距離で並ぶ窓からポツポツとガラスを叩く音が聞こえ始め、クロエは思わず足を止めた。
窓枠に手を置き、暗雲が覗く外を見渡せば…案の定、雨が降り出していた。しかも大粒の雨だ。勢いも強く、ガラスを叩くそれはあっという間に乱暴なものへと豹変した。
窓は一面、雨水が弾けた軌跡で埋め尽くされていく。

……雨は嫌いだ。それよりも帰りはどうしようか。傘を借りていかねば。


(雷まで鳴らなければいいが…)

娘達はあの轟音を酷く嫌う。リネットは我慢強いが、エルシアに関してはすぐにでも泣いてしまうのだから。


早いところ大臣との話を済ませて、城に戻ろう。
クロエは窓の外を眺めたまま、再びゆっくりと歩き始める。

一歩、二歩、三歩…とスローペースで前へ進むクロエ。
人気の無い廊下に、自分の足音だけが響き渡る。大理石の冷たい床は、どんな足音でも上品な音色にしてしまう。


単調な雨音、足音、息遣い。

それだけを除けば静寂しかない世界で、クロエはまた一歩、足を前に踏み出した。






―――カツン…と、孤独な音色がまた一つ。

聞きなれた単純な足音が廊下の隅から隅まで響き渡り、そしてそれはクロエの耳に容易に入ったのだが。



それは、クロエの足音ではなかった。







クロエの前へ踏み出した片足は、まだ足元の大理石に触れてもいなかったからだ。

鳴り響く、他人の音色。



廊下の先から聞こえてきたそれに、クロエはゆっくりと、視線を向けた。






廊下と、雨と、暗闇と。




それらで構成された細い道の、クロエの視界の先に。





……それはまるで、亡霊の様。

白髪の男が一人、佇んでいた。