召使いの手から手紙を受け取ると、クロエは稽古を続行しながら文面に目を通した。
亡くなられた五二世の厳かな葬式の後、一度も姿を見せず、文も無かった彼からの待望のそれに、不謹慎ではあるが少しばかりの高揚感を覚えつつ、見慣れた文字の行列に笑みを浮かべた。
『―――昨夜、戴冠式の報せを頂戴致しました。次期国王陛下の決定、誠におめでとう御座います。当日はいち早く城に駆けつけたいところなのですが、こちらゲイン家のご長男のお世話もあります故、少々遅れての入城をお許し下さいませ』
どうやら暗雲を振り払い、慣れない執事と子育てに奮闘しているようだ。彼は順応性が高いし、新しいことには常に意欲的だ。
ティーカップを運ぶ彼の姿など、想像するだけで思わず笑ってしまうが、やけにしっくりとくるのもまた事実。
「…頑張らないとなぁ…」
「クロエ様!そこで出すのは左足です!」
大臣のスパルタ指導から解放されたのは、夕刻になった頃だった。
大して激しい運動をしたわけではないので、身体は疲れていなかったが、ほとんどの疲労は気力の方に傾いていた。
夕食を終え、育ち盛りの可愛い娘達に遊ぼう遊ぼうと裾を引っ張られ続けるという、何とも幸せで極楽浄土、どうしてこんなに私の娘達は天使なのだろうと悶えていたのだが……ここ最近の気疲れが一度にやってきたのか、持病の偏頭痛が彼を襲った。
頭痛は幼い頃から付き合ってきた持病であり、これから先もずっと傍にいる厄介な疫病神だ。
その痛みを迎えるのも最早慣れっこなのだが、耐えるのは、未だに慣れない。
長年お世話になっている頭痛薬を含み、クロエは独り暗い寝室に入ると、そのまま広い寝台にドサリと倒れ伏した。
ランプは灯さない。
クロエの頭痛は、光と音に敏感だからだ。
窓から差し込む淡い月明かりだけは、クロエの瞳を刺激することはない。
ドクドクと血管が脈打つこめかみ辺りを指先で押さえつつ、クロエは寝返りを打って暗い天井を見上げた。


