普段は厳粛で酷く静かな謁見の間も、戴冠式が二日後と迫ったこの日だけは、ダンスか演劇か何かのただの稽古場と化していた。
歴史ある玉座から本の数メートル離れた場所で、クロエは朝からずっと大臣に指示されるがまま歩いたり立ち止まったり、そしてお叱りを受けていた。
元々運動神経が良くないため、ダンスの様な細かなステップやタイミングを合わせるといった動作がとても苦手なのだが……ただ歩いて規定の場所で止まると行った一連の動きさえも上手く出来ない自分に、クロエはこの数時間で酷く絶望した。
なんというか、とにかくガッカリである。
それでも熱血教師と化した大臣のレッスンにより、お昼頃には、クロエは己の運動神経の鈍さを克服することが出来たらしい。
大臣も非常にお疲れだ。見よ、あの額に浮かぶ幾つもの汗の珠を。見れば見るほど申し訳なくて仕方無い。
今なら目を瞑ってでも出来る。
今だけなら、であるが。
「…私は昔から物覚えが悪い人間だったけれど……まさかここまでとは思わなかったよ…」
「何を仰りますか。今更ですぞ、クロエ様」
「………」
平然とちょっとだけ辛辣な台詞を躊躇いも無く吐き出してきた大臣に、クロエはがっくりと肩を落とす。
気落ちするクロエの心情を知ってか知らずか…いや、恐らく知っていてあえて無視をしている他の召使い達は、稽古中のクロエに矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくる。
「クロエ様、戴冠式の日の夕食は何がよろしいかとコックが…」
「娘達の好きなもので」
「お召し物ですが…」
「君達のセンスに任せるよ」
「クロエ様、姫様が熱々のスープがいいと駄々をこねていらっしゃって…」
「駄目。二人とも猫舌なんだから駄目」
「しかし、リネット様がもう子供じゃないのだからと…」
「猫舌は大人も子供も関係ありません!」
「エルシア様も熱々がいいと…」
「好奇心は可愛いけれど駄目!二人とも猫舌!猫舌駄目!」
「クロエ様、アレクセイ様から御手紙が」
「アレクセイも猫舌…アレクセイから手紙?ごめん、アレクセイは猫舌じゃないよ」


