テーブルの隅に置かれたチェス盤は、少々埃を被っていた。
整列する白黒の駒達は、今はただの物言わぬオブジェの一つ。
まるで死んでいるみたい。
廃墟と化した戦場に残る、空虚な遺物の様だ。
………そうだった、駒は最初から生きてなどいなかった。
あの白熱の……きっと人生で一番命を懸けたと言っても過言ではないくらい、夢中になったチェスの戦い。
馬鹿な罰ゲームを添えた、笑ってしまう様な、子供同士の競い合い。
あれはもう、無いのだ。
この先、もう二度と無いのだ。
この駒達が生き生きと戦場を駆け巡る事も、もう無いだろう。
チェスは、止めよう。
色んな事を、考えてしまうから。
階段を上がり、自室に向かうまでの足取りは確かなものだったが………リネットの大きな瞳は、何も映してはいなかった。
何か、胸の奥に突然空虚な部分が出来てしまった様で………何も、考えられなかった。
声も出ない。
涙も出ない。
息をする事しか出来ない。
抜け殻みたい。
「―――………せっかちね…」
くすんだ赤色を帯びた、しわだらけの花びらを指の腹で撫でながら、独り………呟いた。


