誘い月 ―I・ZA・NA・I・DU・KI―




「ふんふ~ん♪」

『ぁら、楽しそうね。何か良いことでもあった?』


午前中の仕事中、子供たちからも職場仲間にも同じことを聞かれた。


「ぇ、そんなに私、顔に出てますか?」

『ぇえ。幸せオーラ全開よ?恋でもした?』

「そっ、そんな…ッ!ちっ、違いますよ~!」


恋はしたけれども、今回はそれとはまた違う。


「実は、杏ちゃんのことで――…、」

『ぁあ!504号室の、いつも屋上で一人でいるあの子ね!あの子、凄く物静かで愛想もないって、専らの噂になってるけど…。』

「噂…。物静かではありますが、まぁ…。」

『それで?』

「ぁ、ぇえ、実は今日、杏ちゃんに本をあげたんです。そうしたら、初めて目を合わせてくれて…。」

『あー…、あの子、挨拶してもうんともすんとも言わないものね。いつもどこかを見つめていて…何考えてるか分からないわ。』

「ですが…それにも、何か理由があると思うんです。思春期ですし、私もあの頃、色々なことで悩んだりしてましたし…、」



少し、杏ちゃんに近付きたいんだ。

杏ちゃんの抱えてるものを、全部分かろうなんて出来ないかもしれない。

杏ちゃんには杏ちゃんの、私には私の生き方や、過去や、考え方があって…――


それを全部分かろうなんて、無理だと思ってる。

だって、私にも、自分の本質や性向も分かっていないのだから――…。