前を向いた棚沢は、通りに出て右折するとスピードをあげる。
たしか、この先に大きな病院があったはず。
病院が左に見えてきた。
後部座席からは、うめき声が聞こえてくる。
両方の耳を両手で押さえたい衝動にかられる。
逮捕?たぶん逮捕される。刑務所?まちがいない。
ぶつかったときに警察へ電話してれば・・・。
進んだ針は元にもどせない。
病院を通過し、がらがらになった国道を走る。
「ブーブー」
携帯電話のバイブが鳴っている。
左手で携帯をまさぐると
「お父さん?今日は遅いの?」
「あっああ、残業が急にはいったから、今日はかなり遅くなる」
「わかった、がんばって」
「ん、じゃな」
息子からの電話だ。

棚沢の車はますます速度を上げ途中から、中央高速に入る。
後ろの女性の声はもう聞こえない。
いや、もうだめだろう。
俺は殺人者だ。
そう思うと涙と一緒に懺悔の気持ちで女性に向かって話しかける。
「すまん、すまない。今は警察にいけない」