「ダメだなー、俺。人にそういうのは悟られないようにしないといけない立場なのに」
「そんなことないですよ! やっぱりどの立場の人でも、血が通った人間な訳ですから、悩みもすれば気を病む時もありますし。それに完璧な上司って、こっちが息詰まりそうですもん。人間味を見せてくれた方が、気が楽です」
朝の習慣である、拭き掃除の時間に、テーブルやデスクの上を拭きながら、村岡部長と談笑。
やっぱり疲れが原因で元気がなかったのか――。
「今のこの多忙な感じが、来月末まで続くと思うと、気が休まらないんだけど、そうは言ってもこればっかりはねぇ」
「そんなに仕事立て込んでるんですか? 私でもお手伝い出来るなら頑張りますけど」
「いや、ちょっと、私生活の方でね。引っ越しやらなにやらかにやらで」
「それは本当に、大変そうですねぇ」
「色々と感慨深い物があるよ」
住み慣れた場所から余所に移るというのは、気力のいること。
部長も引っ越しするんだ。
そりゃ大変だな――なんて、この時の私は単に思っていたんだけれど。
ことの真相を知るのは、もう少し先のことだった。


