それからポーンと、優しいピアノの音が届き、ゆっくり何かを確かめるように、彼女は片手でピアノを弾き始めた。
一旦手を止め椅子の位置を少し変えると、肩の力を抜くような感じで、短く息をふっと吐き。
今度は両手をピアノの鍵盤に置いて、置くなり本格的に弾き始め――。
彼女の一連の動作に、俺はすっかり引き込まれていた。
心地よく耳に届く、ピアノの音色。
彼女が弾き始めたのは、藤本が本番で歌う予定でいる曲。
その曲に合わせながら、藤本の鼻歌が耳に入り――その雑音によって、現実に引き戻された。
「中條――俺、お前と友達で良かったかも」
「――ん?」
「彼女雰囲気いいし。それに、あれだけ弾けるなら、超安心して任せられるしな。気が楽になったわ」
俺が直接なにかを――という訳ではないが。
俺と彼女の縁が、こうして長山の役に立てたのなら、良かったと――。
空港に向かう車中で、彼女とピアノの話をしていなければ、そもそもこういう形には、なっていなかったと思うと――。
縁もタイミングも不思議なもんだと――そう思わずにはいられなかった。


