そんなことをするのはこのお店じゃマスターしかいない。
その本人は、「サービスだ」なんて、そう言うなり、悪そうな笑みを浮かべていた。
悪そうな笑みと思ったのも、裏がありそうだと思ってしまったのも、その相手がマスターだからで。
そのマスターは、テーブルのセンタースペースを軽く空けて、「チッ! チッ!」と舌を鳴らして、後背で指をクイクイさせた。
そして、マスターの後ろには奏君が立ち。
彼はその空きスペースに、氷のタンクとグラスを置き、ぺこりと頭を下げて行ってしまった。
「マスター、これ、なに?」
「あ? ウィスキーだろ」
「いや、そうだけど」
「ギャラだギャラ」
「え、ギャラって今日の? サービスじゃないじゃん」
「おめーは、人の厚意を、」
「いやいや、有り難く頂きますけど、お客さ――」
そこまで言いかけて、お店に残っているのは、カウンターにいるお客さんと、このテーブルだけということに気付き、私は口を噤んだ。
私の言わんとしていることを理解したマスターは、再び悪そうに笑って。
「彼氏も飲めるんだろ?」
今度は敦君に悪そうな笑みを向け、グラスに氷を落とした。


