軽く口を付けてひと口飲むと、「凄いんだね」と、敦君。
なにかと思って、敦君を見返すと、敦君の視線はステージのピアノに向いた。
「尚輝にこのお店にいるって聞いて、てっきり飲みに来てるのかと思って来たから――」
まさかピアノを弾く姿を見られると思ってなかったから、驚いた、と。
敦君はそう言って、フッと笑った。
「今日は、お仕事で遅くなるんじゃ――」
そんなことを口に出していた私に、敦君は――ああ、といった雰囲気で。
「今週は滅茶苦茶な状況になっちゃったから」
そう言って、意味深に笑った。
「滅茶苦茶な状況って、」
そう口にしていた私に、月曜日の夕方から急な出張に行っていたと教えてくれた。
帰って来たのが昨日の最終で、なかなか連絡出来るタイミングもなくて――と。
敦君は「ごめんね」と、そう言って、グラスの中身を飲んだ。
やっぱり忙しい人なんだよね。
私から連絡をしなくて――変に勇気を出さなくて――良かったのかも知れない。
まあ、全て結果論なんだけど。
ただ、なんだか少し疲れた顔をしているのが気になった。


