鼻を掠めた血の匂いが嫌な記憶ばかりを呼び起こす。

けれど舞白は同時に、淡い温もりを感じていた。

温かいと、思った。



「勝ち負けとか気にしないで、楽しく闘って来い!それで負けたら……」

少女を離すと、男は余韻に浸る間もなく宣った。

「俺の胸を貸してやる。思う存分泣けば良い」



「……もう二度と、貴方に抱き締められるなんて御免です」

「ぬかせ」

ケラケラ笑いながらポケットに両手を滑り込ませ、虎次郎は風の如く去って行った。



見上げれば、厚い雲の切れ間から光が差し始めている。

灰色を縫う橙の眩しさに目を細めた舞白は、空気に溶けてしまいそうな程に小さく、小さく、呟いた。






「全部、嘘なのでしょう?」








【強さなんかじゃないよ・終】