何が?
 と、聞き返したい。

 わたしは――
 あなたにそんな風に心配されるほど、取り乱していたのでしょうか?


 知っている言葉を全て奪われてしまったようで、
 口の動かし方も忘れてしまったようで。

 黙ったままぼんやりと眺めていると、彼は少し困った風な苦笑を浮かべた。

 そして、私の唇に引っ付いているティーカップに、ゆったりと手を伸ばす。
 自分では剥がすことができなかったそれを、彼はそっと、いとも簡単に引き離し、コトリとテーブルの上に置いた。

 視界が急に広がった気がして、なんだか恥ずかしくなった。


「あなたは……誰?」


 何を言っているのだ、と自分で自分がわからなくなる。

 今日会ったばかりなのに。
 彼が何者か、なんて。
 わからなくても、知らなくても、ちっとも不思議ではないはずなのに。


 けれども彼は、怪訝な顔をすることなく、ふんわり微笑むと、

「誰でしょう?
 当ててみて」

 と、なぞなぞ遊びをする子どものように言う。