駆け込み乗車はお止めください




俺の言葉を聞いて彼女は少し照れた。


「いや、あの、たいしたものじゃないんですけど、いつも同じ時間に道を歩いている老夫婦がいるんです」


彼女の話によれば、この時間帯、電車の進行方向からむかって右側の窓から同じ時間に道を歩いている老夫婦がいて、その老夫婦が仲良さそうに歩いているのを見るのが好きらしい。


「それ見たくて、駆け込み乗車とかもやっちゃうんです」


また照れたように笑った。


そして俺は納得した。


俺が彼女の見ていたものがわからなかった理由が。



ようするに、俺は“遅かった”んだ。


電車のスピードでは、彼女の声を聞いてから振り返っていては遅いんだ。


「どうしてもこの入り口側に立ちたくて……。それで空いてる場所を探したりもするんです」


どうやら彼女がこの場所に来てくれたのは、名も知れない、老夫婦のおかげだったみたいだ。


俺は少しの間、その老夫婦に感謝した。