「やれやれ大奥へ来ると古傷が痛むわい」
痛そうに膝をさするリツに、あたしは自分の椅子を差し出した。
その行為を即座に拒絶される。
「表の世界では老人は尊重されるべきなのでしょうが、
ここは大奥。上様第一、こんな年寄は末の扱い。
どんな若い愚かな上様であろうと、
上様を差し置いて椅子に座るわけにはいきますまい」
爺さん。リツ、それは失礼よ。
確かに若い愚かな上様ですけどね。
それで仕方なく、御小姓にもう1脚の椅子を用意させるに、
リツは即座に座り、満面の笑みをたたえた。
狐が笑うとこういう顔ね。どこかに祀られていそう……。
怖いんですけど、
あたしは勇気を出して訊いてみる。
「大奥で出来た傷は、治らないのですか?」
「いいえ、膝の半月板を損傷しましたが、このリツ、大奥で
治療いたしましたから」
「なら、今も痛むというのは?」
リツは目をますます細めて、あたしを見た。
「表の世界でも同じ、古傷が痛むという現象ですよ。
ただ
大奥に来た時のみ痛むのですがね」


