イケメン大奥


「おい、痛むようならば、医務室に行って来いよ」

マサの目を気にしながら、同僚が声をかけてくれる。先ほどのあたしたちの会話が聞こえたらしい。
マサの野太い声だと周囲に公言しているも同然だな。

「ここを出て、廊下を左に行って突き当りだからよ」

「ありがとう……」

「いや。この詰所の掃除が終われば、ほかにやること、沢山あるからよ。手首の傷ばっか気にされてたんじゃ、仕事が進まないじゃないか。いつまでたっても、終わらない」


あ、そういうことですか……。あたしはお辞儀をしてモップを壁際において、詰所を出る。


「お前、何か言われたのか」

マサが追いかけてくるも、「傷の手当に行くだけです」と答え、廊下を左に歩き出す。この廊下には、絨毯がひかれていない。
あたしの足がペタペタと冷たい音をたてる。


大奥の全く違う面を見て、あたしは涙が出そうになった。上様としてのきらびやかで美しい世界とは全く違い、下々の場所はあたしのリアルとそう変わらないじゃないか。

医務室に着いて、ドアを開けると誰もいなかった。

怪我なんて誰しもする。下々の者は自分で対処しろということなのかもしれない。


包帯と軟膏を見つけた。あと鋏と消毒液……。


探しながら医務室の奥へと足を踏み入れたときだった。

「勝手に触るな」

奥の白いカーテンが素早く開けられて、ベッドに横たわっている白衣の男があたしの前に姿を見せた。


「傷跡の手当てをしたくて来たのです……」