「え、あ、あたし?」

「うん」

「無理だよ。ピアノには保育園の時以来触れてないし」

一樹は首をかしげてあたしに聞いた。

「どうして?」

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「先生が怖かったの」

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「それだけ?」

「そ、それだけって! 四歳だったから、本当に怖かったんだよ」

「あはは、ごめんごめん。ほら、ほっぺた膨らましてないで弾いてみなよ」


あたしは恐る恐るピアノに触れた。


とたんにぽーん、と音楽室に綺麗な音が響き渡った。


「懐かしい…」

両手でいくつも和音をつくってみる。じーんと心に響くような音。

「和音つくるの上手いね」

「そう?」

「何か曲弾ける?」

「さすがにそれは無理。もう覚えてないよ」

「そっか」

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「ん?」

あたしは不思議に思って、何度も同じ鍵盤を叩いた。

「音が変?」

「あ、そうだね」

「だよね」

「絶対音感?」


「…分かんない」

「美雨がピアノ続けてたらどうなってたんだろうなぁ」


「どう思う?」


一樹は少し考え込んだあと言った。


「オレを超えてるんじゃないかなぁ」

「それはないよ」

「いや絶対そうだよ」


あたしたちはくすくすと笑いあった。


何か心がぽかぽか温まる感じがした。