「…どうして、美由紀を振ったの」

演奏が終わってから、あたしは井上君に尋ねた。


「美由紀から聞いたと思うけど、他に好きな人がいるから」

「…美由紀は泣いてたよ?」

あたしの方を向かずに、ピアノの世界を閉じながら言う。

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「美由紀には、本当に申しわけないと思ってる」


「だけど…っ!」

「でも。…でも、オレの気持ちは変わらない。

美由紀にも、誰にも、オレ自身にしか、
オレの気持ちは変えられないんだ…」


井上君は今にも壊れそうで、
あたしは黙って彼を見つめることしかできなかった。


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「井上君の好きな人は…誰…?」

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「…。…オレの好きな人は…。…」


「ごめん」


井上君が何か言おうと口を開いたところで止めた。

止めなくちゃならないと思った。


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「…やっぱり、聞かないでおくね。…今日はあたし、先に帰る」

「…分かった。また明日」


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背を向けて音楽室を出る。

窓にはばちばちと雨が当たり、草木が不吉に揺れていた。


廊下で壁にもたれ、しゃがみこむ。足に力が入らない。


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もしあたしの予想が当たっていたら。

もしそれが嘘じゃないなら。真実なら。


井上君。

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あなたの好きな人はあたしなの…?