教室に戻り、席に着く。

うつむいて唇をかみしめている井上君を見て、
あたしは無意識にこう言っていた。


「今日、井上君のピアノが聴きたい」

「いいけど…久しぶりだね」


そう、とても久しぶり。

美由紀と井上君が付き合いだしてから、
あたしは二人に遠慮して、井上君のピアノを聴いていなかった。


「久しぶりに…聴きたくなったの」

「そう…。なんだか嬉しいな」


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その日の放課後、あたしと井上君は二人で音楽室に行った。


井上君は黒く光るグランドピアノに手をかけ、ゆっくり開ける。

たちまちにモノクロの世界が広がる。


そっとピアノをいたわるように指を置き、
前触れも何もなしに奏ではじめる。


いつもと同じ。

だけど、いつもと音色が違った。


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どこか悲しそうな、儚くて、少しでも触れたら壊れそうな音色。


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今日のピアノには、あたしは泣けなかった。