「ほら起きろ、もう学校に行く時間だろ?」

優しい男の人の声がして、わたしは目が覚めた。

部屋を出て、リビングに下りて、三人用のソファに腰掛けて、そのまま横になろうとして。

「朝飯を食えって。ほら、二度寝すな」

また優しい男の人の声で起こされて。

目を開けると、そこにいるのは父親じゃなくて、パパだった。

昔の、大好きだった頃のパパが、そこにいた。

「リュウ、お前も早く席につけって」

まだ目が開いていない弟を急かしつつ、パパは朝食の準備に取り掛かった。


母親を消してから、3日はろくに眠れなかった。

最初こそ、仕方がなかったんだ、他に方法はなかったんだ、仕方がなかったんだ、と自分に言い聞かせていた。

でも、すぐにできなくなった。

今まで何人も消してきたけど。今まで何度もやったことをしただけだったけど。

初めて人を消したとき。あの自転車のおじさんのときとは全く違う、感覚。

虚無感。

わたしの体の中にこころがあって、そのこころに大きな穴がぽっかりあいて、こころが機能しなくなって。


何も考えられなくなって。


それでも毎日は進んでいって。

新しい母親は現れなかった。辻褄あわせは、父親の「専業主夫」という形になって現れた。

母親なんて、はじめからいなかったかのように。

母親の私物は全部、消え失せていた。

父親は優しかった。私たちに世話を焼いてくれた。

でも、新しい仕事が見つからないままで、お金がどんどん無くなっていった。

テレビはまだつかなかった。電話はまだ繋がらなかった。水はまだでなかった。

わたしの家だけではなかった。他の人の家も同じだった。どこもかしこも、ライフラインが崩壊していた。