時刻は午後8時半過ぎ。


居酒屋の前で戯れている学生のグループを眺めながら、足早に駅へと歩く。


どこかに前田さんが、待ち伏せしているかも知れない。


そう考えると、少しだけ怖くて。


あたしは小走りに近いスピードで、駅へと向かった。




「はぁ…」


思わず漏れた溜息と同時に、空いているシートに腰をおろした。


無事に電車に乗れた事にホッとし、さきほどの店長の言葉を思い返す。


「ミライちゃんはそんな営業せんでも、そのままで良かったと思うねんけどな」


あたしがキャバクラに勤めた8カ月間。


その間、あたしはナンバーに入る事はなかったけれど、思っていた以上の指名をもらえた。


その中で、色営業をしたのは前田さんだけ。


もちろん、多少のリップサービスはあった。


でもそんな事をしなくたって、他の客はあたしを指名してくれた。


店長に言わせれば、あたしは素人っぽさとか、純粋さとか、そんなものが売りで。


自分の事を積極的にアピールしたり、その場を盛り上げたり、そんな事は出来ないけれど。


「ミライちゃんは聞き上手やねん。だからそのままの自分でも、十分勝負出来たと思う」


そう、店長は言ってくれていた。


昨晩の、斎藤さんの言葉を思い出す。


このバイトを始めた当時は、何をするにも必死だった。


お酒を作る事、煙草の火を点ける事、そして、お客さんの話を聞く事。


いつからだったっけ?


何もかもが当たり前になって、客に感謝の気持ちを忘れたのは…