誰もいなくなった調理場。


あたしは言われた通り、空のグラスにお酒を作った。


これで良いのだろうか?


見てくれる人がいないと、分かんないし。


しばらくしてから、あたしはそこを出た。


翼の姿を見つけ、カウンターの横のソファーに駆け寄る。


「あ、未来ちゃん、もういいの?」


いじっていた携帯から目を離し、優しく微笑む翼。


この空間では翼だけが頼れる人。


あたしはその笑顔を見てホッとした。


「お酒の作り方教えてもらってたねんけど…」


冴えない表情と、元気のないあたし。


翼はそれに気付いたのか、あたしの顔を覗き込んだ。


「大丈夫〜?」


正直、不安でいっぱいだった。


頭で理解するのと、それをちゃんと出来るかは、別物だ。


普通のバイトでも、初めての時はこんな感じなのだろうか?


「こんなんでお客さんにつけるんかな…」


ついつい弱音が口を出てしまう。


そんなあたしを見て、翼は携帯をパチンと閉じると、あたしのほっぺたをつつきながら、グイっと上に持ち上げた。


「とりあえず笑っとけ」


翼のおちゃめな行動に思わず吹き出すと、入口から大きな声が聞こえた。


「ご新規2名様入りま〜す」


翼がもう一度開いた携帯を、横目でチラリと見る。


午後7時5分。


ついに営業が始まったようだ。