その時、ふとイッコーの言葉を思い出した。

・・・・・・
「いい、勉ちゃん。
息ができないぐらい苦しくなったらこの呼吸法を試してみて。
すぐに楽になるから。」

(イッコーさんに教わった通りやってみよう。)

「足を肩幅くらいに開けてお腹に両手を軽く当てる。

大きく息を吸い込んでゆっくりと吐いていくのよ。」

(大きく息を吸い込んでゆっくりと吐いていく。)

「吐く時はこうするの。

ヒッヒッフー
ヒッヒッフー …

どんどん息が正常に戻って楽になるからね。」

・・・・・・

ヒッヒッフー
ヒッヒッフー …

僕は軽く目を閉じながらそれを実行した。

隣りに立っている健二が僕の異常な行動に気づき目を丸くしている。

(な、なんやコイツ。
いきなり何してんねん?!)

一番端に立っていた為、全員が気付いた訳ではない。

一部の観客の中でこんな事がささやかれている。

「ねぇ、あれって出産の時にする[ラマーズ法]じゃない?」

「そう、そうよね。
似てるわよね。でもなんで男の人があんな事してるのかしら?」

少しずつ会場内に疑問の輪が広がっていく。

自分の事を言われているとも知らず僕は真面目にその[ラマーズ法]に取り組んでいた。

会場の一番後部座席にいたあゆ美が赤い顔をしてイッコーをにらみつけた。

「ちょっと、イッコーさん。勉君に何を教えたのよ!」

イッコーは悪びれる様子もなくあゆ美に言い返した。

「だって~、あれがリラックスするには最適な方法なんだもん。」

イッコーはあゆ美の心配をよそに嬉しそうに舞台を眺めている。