―控え室で


この部屋には僕以外誰もいない。

僕は一番奥の椅子に座り込んで壁に頭をもたれかけたまま、ずっと動かなかった。

いや、動かなかったのではなく動けなかった。

(どうしてなんだ…)

鏡に映る自分にそんな疑問を投げかけながら、その答えを探していた。

(もう…だめかな。)

頭に浮かんでくるのは諦めの言葉だけ。

少し前に個別審査が終了しここへ戻ってきた。

始まる前の意気込みもオーディション独特の雰囲気に飲まれ、特訓の成果も虚しくあっけない幕切れとなってしまった。

それからずっとこんな状態が続いている。

入口の方から心配そうに中を覗いているあゆ美とイッコー。

「勉ちゃん大丈夫かしら?」

「うーん…」

あゆ美のその返事がすべての結果を物語っていた。

(私のせいよ。
自分の夢を叶える為に勉君を強引に引っ張ってきて…
そしてあの子に辛い思いをさせてしまった。)

あゆ美もまた自分を責める事で僕の絶望感を少しでも取り除いてあげたいと思った。

(あんなに必死でかんばってきたのに。)

あゆ美は肝心な事を見落としていた。

それは僕が素人であり、人前で発言できる程度胸がないと言う事をまったく意識していなかった。

見た目を変え、一か月集中的に演技の練習をこなした事で一時的な自信をつけたにすぎなかった。

(このままじゃいけないわ!)

この暗い雰囲気を変えようとイッコーが僕に駆け寄ってきた。

「勉ちゃん、元気出して!まだ決まった訳じゃないわ。」

その言葉にやっと金縛りから解放されたようにゆっくり振り向いた。

「すみません、イッコ―さん。
期待に答えられなくて…」

(勉ちゃん…)

「何を言っているの!
最初から期待なんかしてなかったわよん。
あっ!!」

イッコーは慌てて口をふさいだ。

(慰めるつもりが、きつい事を言ってしまったわ!)

僕は思わず苦笑いした。

「いいんですよ。本当の事なんだから。」

「ごめんね、勉ちゃん。」

イッコーは申し訳なさそうにあゆ美の後ろに隠れた。