ガリ勉くんに愛の手を

「勉君、体も結構鍛え上げたわね。
最初にあった時と全然違うわ。」

「あ、ありがとうございます。
イッコーさんのおかげです。」

「そう…。」

僕はちあきの視線が気になって仕方がなかった。

「本番まであと1日。
もう準備は万端ね。」

僕は自信なさげに首をかしげた。

「あの~ちあきさん、お手洗いお借りしてもいいですか?」

「ええ、廊下を出て右手にあるわ。」

「は、はい。
ちょっと失礼します。」

そう言って僕は席を立った。

ちあきとあゆ美はすでにワインを1本空けている。

「ふ~、今日は気分がいいわ。」

「ちあき、今日はずいぶんペースが速いわね。」

二人は完全に酔っぱらっている。

ちあきは飲み干したワイングラスをテーブルに戻してあゆ美にこう言った。

「あゆ美、今日勉君をここに置いて行きなさい。」

(えっ?!)

「どういう意味?」

「優勝する為にね、どうしても教えてあげたい事があるの。」

「どんな事?」

「それは私に任せてちょうだい。
勉君に私が直接教えてあげるから。」

それ以上、問いかける事はできなかった。

(ちあき…)

あゆ美はこの時、僕に振りかかろうとする出来事を頭の中に描いていた。

食事を終え、一人で玄関を出たあゆ美。

「勉君、今日はちあきが大事な演技の練習をしてくれるからここにいて。」

「あゆ美さんは一緒じゃないんですか?」

あゆ美はちあきの方をチラっと覗きながら、

「わ、私はこれからもう少しやる事が残っているから明日の朝迎えにくるわ。」

僕はその言葉に何の疑いも持たなかった。

「ちあき、勉君の事をよろしく。」

「任せといて。」

ちあきを見るあゆ美の目がどこか寂し気だ。

あゆ美は僕に何か言いたげな表情を残してエレベーターに乗り込んだ。

僕はその後ろ姿がゆっくりと消えて行くのを最後まで見送っていた。