ドッキン…ドッキン…

まだ、さっきの余韻が残っている。

二人は店のカウンターに並んで座ったまま、ずっと沈黙を続けていた。

僕より、佐奈の様子がずっとおかしい。


(あかん!うちも女や。
あんな風に、いきなり抱きしめられたら胸がキュンとして意識するに決まってる。

まだドキドキが止まれへんし、ベンの顔をまともに見られへん…)

その沈黙をやぶったのは僕の方だ。

「佐奈さん、さっきは失礼なことをして、すみませんでした。」

「い、いえ、別に…
失礼やなんて、思ってないし…」

佐奈は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で、意味深な返事をした。


「いきなり、
抱きついてしまって…」


(へっ?
今なんて…?)

佐奈は一瞬耳を疑った。

「いきなり…
抱きついて?」

(抱きしめたんじゃ…
なかったん??)


「はい。
僕…辛い事があって、もう一人では立っていられなくなって、つい…佐奈さんにすがりたくなったんです。」


(この正直者!)

佐奈の期待はもろく崩れ落ちた。

これが一度じゃない。

今までにも何度か彼女に勘違いさせてしまったようだ。

(ベンの性格はよくわかった。

もうこりごりや!
うちがバカやった。

ベンに、そういう事を期待する方が間違ってる。

この子は恋愛については全く無知やからな!)

佐奈はなんとか、自分なりに解釈して怒りをとどめる事にした。