―【たこ萬】の前―

ここに来るのはずい分久しぶりだ。

(あ~、ソースのいい匂いがする。)

急にお腹の虫が泣きだした。

勉強に追われてずっと来れなかった。

店に近づくと、なんだか雰囲気がいつもと違う事に気づいた。

活気がない?
お客が少ない?

(暇そうだな…)

おじさんもたこ焼きを焼かずに椅子に腰をかけたままてボーっとしている。

「こんばんは。」

「おお、ベンやんか。久し振りやな。
ずっと勉強忙しいみたいやな。佐奈が言うてたで。」

(佐奈さんが…僕に気を使ってくれてたんだ。)

そう思うとなおさら胸が痛い。

「あの~、佐奈さんは?」

「え?ああ……」

(おじさん、いつもの元気がない。)

「実はな、最近店が暇でなあ。
佐奈にチラシまいてもらってんねん。」

(だからあの時、駅前で……)

「おじさん、そのチラシまだありますか?」

「おお、いっぱいあるで。」

後ろに積んであったチラシをがばっと取り出し、僕に差し出した。

「おじさん、僕も配ってきます。」

「ベン、お前そんな事して大丈夫か?」

「いつもお世話になってますから。」

持っていたカバンに、入るだけチラシを詰め込んだ。

肩にかついだ途端、体がよろけて倒れそうになる。

(ホンマ、大丈夫かいな?)

おじさんは不安げな顔で僕を見つめていた。

「じゃ、とりあえず、行ってきます。」

今は佐奈の為に何かしてあげたい。

僕は宛てもなく[ミナミ]の繁華街に向かって歩き出した。