「あ、明香ちゃん落ち着いてください。どうしたんですか。」
奈島のとなりで椅子に座っていた小柄な刑事・滝が明香の椅子を抑えにかかる。それでも少女は止めることなく前後に椅子を揺らす。瞳孔がにごって見えた。いきなりはいきなり消える。静かになった部屋の中。聞こえるのは、外からの漏れた小さな音。前にたれた頭を上げた少女の顔はさっきまでとは、ひとつとしてちがった。前野は肩をゆらして一歩椅子を引いた。その顔は不吉に笑っていた。今までと反対に足を鳴らしている。パチッパチッ。足首から下だけを動かしてでる音は小さいものの静かなこの部屋には異様に響いた。
「明香ちゃん?」
滝は椅子の後ろから覗き込むように少女の顔を見た。
「てめぇ。誰だよ。なんだよ。なんだよ。なんだよっ!!!!」
しゃべり方、顔つき、雰囲気、仕草何もかもがさっきとはちがった。まるでちがう人かのようだ。目線で、滝を少女から離すと前野は椅子に座りなおした。デスクはガラスでできていてよかった。前野はそっと少女の足を盗み見ることができた。その足はせわしなく動いていた。ゼンマイ仕掛けなのは変わっていないらしい。
(おかしい。足は動かせないんじゃないのか・・・。)
今ごろ気づいたが、土だらけの足なのに、右足だけが赤黒かった。血だろう。前野は、ため息をついて前に座る怒ったようなしかめっ面の少女に向き直った。
「明香ちゃん。どうしたの?」
「オレ明香じゃねぇよ。なぁ前野。オレは明香じゃねぇ。オレは朱鳥だ。」
意味不明なことを自慢げに前野に話す少女は、さながら少年のようだった。瞳は定まっていた。確実に前野をとらえている。口元はずっと上がっていた。何がうれしいのか。さっきまでの怒ったような顔は・・・。