「あのね。あのね。私、足を使っちゃいけないの。足で何かしちゃいけないの。父さんが言ったの私に『足で蹴ってはいけない。痛いし、足で何かすることは下品なことだ。だから、明香もう足を使ってはいけない。』って。だからね私、足が動かないようにしたの。」
「あぁ。お父さんに言われたからなんだね。」
前野はいきなりの話についていけない様子だった。それでも平常心を忘れないようにと心を構えているようだ。
「だからね、歩けないからね学校に行ってないの。でね、でね、お母さんをね手でね。叩いてみたの。」
少女は初めて前野と目線を絡めた。その目は何かを楽しむかのように笑っていた。いやな悪寒が前野の背中をかける。壁に寄り掛かる奈島が生唾を飲んだ音が異様に響いた。
「それでね、お母さんね叫んでた。うるさいの。だからね、はさみでね、お口を塞いであげたの。そしたらね、目大きくしてね動かなくなっちゃったの。でね、でね、もう一回叩いてあげたの。でねはさみでねお腹の中を見てみたの。気持ち悪いの・・・きもいの!もう吐き気がね。」
顔をしかめてるのに笑っている少女。また椅子を揺らし始めた。その姿はさながら荒れ狂った危ない人だ。前野は、血で赤黒くなっていた一室を思い出す。転がった頭部。ずれた絨毯。異様な匂い。そして、愛を確かめ合う二つの遺体。思い出すだけで吐き気がする。そんなことを少女はうれしいと楽しいというおかしな感情の元で話している。
 前野は閉じた目を開いて少女にまた目線を向けた。でも少女は目を合わせない瞳をせわしなく動かしている。前野はまたため息をついた。少女と目線を交わすことをあきらめ、報告書に目線を向けながら、少女が話始めるのをまった。
ガタンッガタンッ
前野は突然の音に見開いた目を閉じることができなかった。