刑事・前野は、まめに書いてある自分の手帳を閉じると、似ている内容の書いてある報告書にも目を通した。そして、目の前に座る少女に目線を戻す。少女の名は明香。そう、この事件の容疑者である。真っ黒な髪を左右に揺らしながら少女は目を上に向ける。体自体を左右に揺らしたいのか椅子ごと揺らしている。真っ白な肌は所々傷ができていた。
少女が警察に保護されたのは事件が起きてから、6日後。山奥で倒れているのをジョギング中の中年男性により発見された。その日は、取り調べができなかったものの、次の日になれば、取り調べだ。そして今日にいたる。今日は5月31日である。少女は今椅子にくくりつけられるかのように鎖で縛られている。理由は簡単。少女はおかしいからだ。少女は小さいころから体が悪く足が動かない。一時期は手をうまく動かせなかったらしい。そんな少女が山奥にいたのだ。そんなことありえないはず。
もう一度報告書に目線を戻して、デスクに投げ置くとまた目線を少女に戻す。自然とため息がもれてしまう。
「えっと、じゃぁ、明香ちゃん。明香ちゃんがお父さんの聖一さんとお母さんの永遠子さんを・・・。」
「うん。殺したよ。」
平然と言った少女は、前野の目線など気にしないかのように瞳をせわしなく動かす。左右上下に。手も同じように動いていた。その動きはまるでゼンマイ仕掛けの人形のように規則的に動き続けている。前野はその不気味さに一瞬たじろく。
「・・・。どうして、その・・・。お父さんたちを殺したのかい?」
それでも丁寧に前野は目の前の少女に話しかけた。少女は真っ白な天井の一点を見つめ、そしてまたを動かす。
「ねぇ、聞いてよ。私ね。あのね、聞いてくれるよね?ねぇ。」
「えっ?・・・。明香ちゃんどうしたんだい?」
いきなりの『聞いてよ』に前野は戸惑い、壁に寄り掛かる同僚・奈島に目線を向けた。奈島は肩をすくめてみせた。
「ねぇ聞いてくれるよね?前野さん聞いてくれるよね?」
問いかける少女はそれでも目線を合わせてはくれなかった。前野は、今は少女の言うことに従うことが一番いいのかも知れないと思い少女に向かって一回うなずいた。
「なんだい。明香ちゃん。」
すると上機嫌に少女は話しだした。声は少し上ずっている。それほどに、うれしいことなのだろうか。前野は注意深く少女の顔を見つめた。