「何だよ。死人にでも会った顔しやがって。お前のケータイを親切な俺様がわざわざ届けてやったって言うのに」


なんて言いながら、男……いや、周は俺の黒いケータイを目の前にかざした。


「それはありがとう。じゃ」


そう言って引ったくろうとするが、男はさっと手を上げて意地悪そうに笑った。


「これは人質だ。返して欲しくば今日俺の部屋に来い」


「はぁ!」


素っ頓狂な声を上げると、突如腕を引っ張られて俺は周に引き寄せられた。


爽やかな香りが、今日は昨夜より少しだけ甘い香りを含んでいる。


心地良い香りに一瞬眩暈を起こしそうなほど惹かれた。





はっとなって、俺は慌てて周を押し戻した。


「な、何してんだよ!」


「何ってハグ?エレベーター閉まりそうになってたから」


「こんなところで堂々と言い切るな!」


喚きたいのをこらえて、俺は声のトーンを落としながら必死に周を睨んだ。


ここは会社だ。


男とデキてるなんて変な噂が流れたら、それこそ俺の築き上げてきたものが水の泡だ。




「ちっせぇことで喚くなよ。来る?来ない?ケータイが欲しくない?欲しい?どっちだよ」



と周は短気そうに腕を組んだ。


なんっで、お前はそこまで自由人なんだよ!


わなわなと肩を震わせていると、


「比奈~、今日は桐ヶ谷主任とデートじゃないの?」と、覚えのある声が聞こえてきた。


「ん~……」


比奈と同期の塩田(Shiota)さんの声だ。比奈の声も聞こえる。


俺は声のする方を振り返った。