「いつもありがとうな」とゼンが耳元で囁くと、ユカリさんは「うん」と頷いた。
「善太郎て、叫ぶのやめろよ」
「ふふふ、ごめん」
ゼンがユカリさんの乱れた髪を撫でた。バスの運転手は、乗客のことも忘れて二人を見入っていた。
近づく唇、ってオイオイ。
「あのさ、ユカリさん、俺もいるんだけど」
クルリと向き直ったユカリさんに、ゼンはキスしそびれてガクッと肩を揺らした。
「あら、淳一くん。タキシード姿かわいいじゃない」
ゼンはムカつくくらい格好よくて、俺はかわいいか……別にいいけどさ。
「邪魔しやがって、淳一め……」と文句いいながら、ユカリさんが椅子にしていたクーラーボックスを、ゼンがベンツのトランクにいれた。
「とりあえず、上海蟹食いながら話をしよう」
「お前、蟹食いたいだけだろ。さっきから」
助手席をユカリさんに譲って、俺は後部座席に座る。
「だってさ、上海蟹のトップシーズンもうすぐ終わりだし食い納めしとかないとな」



