香ばしいコーヒーの香りがリビングを満たし、ようやく家に帰って来た実感にホッとする。

「残業しちゃだめよ」

「え?」

 エルミはゆっくりとコーヒーを傾けて、「残業」と念を押すように繰り返した。

 勇介は常に定時で帰らなければならないプレッシャーに突如として襲われた。

 仕事が切羽詰まっていても、上司からの食事の誘いも全てを投げ捨てて帰る事が果たして可能なのだろうか。

 絶対に友達を無くす、これは確実だ。

 真実を誰にも明かせない以上、周囲との関係は「付き合いの悪い奴」というだけでは済まされない。

 自分の命とどっちが大事なんだと言われるかもしれないが、これは精神的に参る。