閃火高遠乱舞



 暗い城壁に、冷たい風が吹き付ける。空は煙に巻かれて濁った色を湛え、日光は勢いを失っている。家具類は全てがすすにまみれ、使えそうもない。
 帝は次々と指示を出す。先ほど、宝王子が激戦を勝利したと報告が入ってから、ずっと慌ただしく動いている。全軍一時城内へ撤退。その旨を、時には厳命を使ってまで従わせている。聖徳もまた、その真理は理解できていなかった。
 電燈のない中、帝の静かな声が途切れる。聖徳はそこでようやく、帝に近づく。
「帝、なぜ退却など…」
 帝はそれに、聖徳の方へ振り向く。煌々と輝く強い瞳が彼を映し、彼はその中に浮かんでいる焦りの色を見出した。滅多なことではない。
「嫌な予感がする。何かが起こるやもしれぬ」
 聞くと、北朝鮮兵全軍が一挙に潰走したという。それは確かに怪しい。新川や宝王子を止めるのは骨が折れたが、しかし、そのまま進軍していて余計な死者を出すよりはまだいい。帝は息をついて、空を見上げた。
 北朝鮮が動いたのは、すぐ後だった。
 宝王子は「疾風」を率いて城に向かっている最中だった。馬に跨っているため、そんなに時間を要することもなく退却を完了できるだろう。そんなとき、雷が落ちた。
 煙が巻き起こる。前方は全くうかがえず、立っているのも辛いほどだ。どこが狙われたのか、どのくらい被害がでたのか。そんなことも分からない。
 風が流れる。眼前を覆っていた煙が晴れていく。
「本陣…っ!!」
 バッと古城を振り返る。薄いヴェールが包んでいるのが、うっすらと見えた。五芒星が描くその陣は、陰陽師が力の源とする陰陽五行説。そこまで確認した宝王子は、詰めていた息を吐いた。
「林が間に合ってたか…」
 安心すると同時に、帝の命令の意図を悟った。何か打ってくると読んだ帝は、急いで退却させて被害を少しでも減らそうとしたのだ。尊敬の念を抱く。
 自軍を見る。かなり近場にいたため、煽りをくらって落馬したものが何人かいる。
「城に戻る!二人乗せられる者は怪我人を乗せ、続け!!」
 馬を赤毛馬が先導し、兵を動かす。帝に会って、被害とこれからの策を話し合わなければならない。白い隊服を先頭とした黒い集団が、一直線に古城へ進んだ。