To.カノンを奏でる君

「ねぇ、直ちゃん」

「ん?」

「私、今日は祥ちゃんの所行けない」

「え? 珍しいわね。どうしたの」

「今週、推薦願書提出でしょ? 忙しくなるから」

「……それだけ?」

「今日はいつもよりつらいから、心配かけちゃうから行けない」

「ノンノン…」

「直ちゃん、今日行くでしょ?伝えて」

「分かったわ」


 直樹は渋々頷いた。

 花音はよろしくと言い、再び机と睨めっこする。


 開かれたノートにはたくさんの公式。それを駆使して解く基本問題。

 花音はブツブツ言いながら、シャーペンを動かす。


 直樹はそんな花音の後ろ姿を見つめ、寂しそうに席に着いた。















 直樹が祥多の病室を訪れたのは、学校が終わってすぐだった。


「今日は早いな、直。花音は?」

「来ないわ」

「……来ない?」


 祥多は静かに聞き返す。


 花音が来ないなど、ないと言っても過言ではない。それなのに花音は来ないと直樹は言う。


「体調が悪ィのか?」

「大分ね。でも頑張ってるわ。今週が推薦願書提出だから」

「…………」

「じゃ、悪いけどアタシも今週が推薦願書提出だから帰るわね。やらなきゃいけない事があるの」

「ああ」

「じゃ、また明日」

「サンキュ」


 ひらひらと手を振り、直樹は病室から出て行った。